【加計呂麻島プチ移住】加計呂麻島との不思議な縁。大家さんとの出会いが僕を島へ誘ったのかもしれません

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こんにちは、Osabe夫婦の夫です。

12月3日に東京へ戻ってきました。

加計呂麻島に50日、奄美大島本島に2日滞在したので、52日振りの東京です。

東京に戻りましたが、島暮らしで体験したことや感じたことは随時投稿していきたいと思います。

たとえば、いま、あなたが都会を離れて島で暮らすとしたら。

5年前のブルータスの島特集「たとえばいまあなたが都会を離れて島で暮らすとしたら。」を教えてくれたのは、僕が今住んでいるアパートの大家さんでした。

アパートの大家さんは、「まもさん」と呼んでいたので以後、まもさんと書きます。

まもさんは、学生の頃からヨットマンで、海や島が大好き。

よくアパートの裏庭でお酒を飲みながら海、ヨット、島の話をしてくれました。

僕は大家さんが楽しそうに語る海のお話を聞くのが大好きでした。

そして、この時、まもさんが教えてくれブルータスの雑誌タイトルの様に、短期間であるとは言え、島暮らしをするなんて全く想像もしてませんでした。

その当時の僕は今のようにシーカヤックやSUPなどの海で遊ぶということを全く知らずに過ごしておりました。

そんな海遊びとは無縁な僕の人生を変えてくれたのが、まもさんの小学校時代からのお友達のたつさんの存在でした。

ちょうさん、西表島へ行くと人生変わるよ

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たつさんと一緒にお酒を飲んでいる時に何回か「ちょうさん、西表島へ行くと人生変わるよ」と言われました。

よく分からないけど、そんなに人生が変わるなら、西表島へ一緒に行ってみようと、2013年の6月にたつさんと男二人で西表島へ向かいました。

西表島では、海とマングローブでシーカヤックを経験しました。そして手付かずの大自然を目の前にして、僕は圧倒されて、この大きな海や川をシーカヤックで漕ぐことに魅了され、完全にハマりました。

たつさんが言うように、僕は西表島へ行くことにより人生が変わりました。

それまではお酒を飲むだけで何もスポーツはしておりませんでしたが、西表島へ行った後は、飲みに行く回数を減らし、飲み代のお金をシーカヤックスクールへ通うことに費やしました。

まもさんとたつさんとの出会いによって僕の人生は大きく変わりました。

今は亡き二人の兄貴分に出会えた僕は本当にラッキーだったなと思います。

二人の兄貴分との出会いに感謝です。

 

加計呂麻島との不思議な縁

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加計呂麻島を知ったきっかけ

僕が加計呂麻島を知ったのは、2012年なので今から4年前です。

まもさんやたつさんは、よく味労という門前仲町の居酒屋へ連れて行ってくれました。

そして、味労のオーナーのお母さんは、今は種子島在住ですが、元々加計呂麻島の出身です。

ある時僕が味労へ行った時に、お母さんがたまたま東京に出てきてて、お店で加計呂麻島を紹介している「まんでぃ」という雑誌を読んでいました。

その雑誌で初めて加計呂麻島のことを知りました。

雑誌で紹介されていた「実久ブルー」を見て、いつか加計呂麻島へ行きたいなと思ったものでした。

初めての加計呂麻島旅行

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僕が初めて加計呂麻島へ行ったのは2014年の7月でした。

その年バニラエアが就航し、奄美大島へ今までより安く行けるようになったのです。

これはチャンスだと思い、今の奥さん(まだ当時は結婚してなかった)と初めての二人旅として選んだのが奄美大島群島の加計呂麻島でした。

宿情報を探し、妻に宿の予約をしてもらいました。

妻が最初に電話をかけた宿は予約いっぱいで断られました。

次に電話をかけたのが薩川集落にあるしびらんかさんでした。

そして、しびらんかさんに予約した後分かったことですが、味労のオーナーの親戚がなんとしびらんかさんの真裏に住んでいたのです。

長期滞在出来る宿ありませんか?

2016年の5月に加計呂麻島に遊びに行った際に、しびらんかさんのオーナー夫妻に、今年仕事を二人とも辞めることと加計呂麻島に長期滞在出来る宿がないか相談しました。

そしたらラッキーなことにオーナー夫妻のお兄さんのお家が空いているから、そこに住んでみる?と言われました。

こんなチャンスは二度と無いと思い、お家をお借りすることになり、今回の島暮らしが始まりました。

2年前しびらんかさんに出会わなかったら、今回の島暮らしもなかったかもしれません。

 

始まりは全てまもさんとの出会いから

今まで書いたことを整理してみます。

2009年に今住んでいるアパートに僕は引っ越してきました。

アパートの大家さんのまもさんのお友達が、僕のシーカヤックの師匠であるたつさんで、まもさんとたつさんは小学校の同級生。

たつさんと同じアパートの隣に味労のオーナーが住んでいたので、まもさんとたつさんは味労に通うようになりました。

そして僕は、二人の兄貴分に味労へ連れてきて頂き、味労のオーナーと親しくさせて頂きました。

その味労のオーナーのお母さんは加計呂麻島出身で、お母さんが読んでいた「まんでぃ」という雑誌がきっかけで、加計呂麻島を初めて知りました。

そして、我々夫婦が初めて加計呂麻島へ旅行した際に宿泊した宿がしびらんかさんで、しびらんかさんの真裏に住んでいるのが味労のオーナーの親戚さん。

ここまでの関係をマインドマップで整理しました。小さすぎて読めない(笑)

もし僕が今のアパートに引っ越してこなかったらまもさんと出会ってなかっただろうし、まもさんに出会ってなかったら味労にも行ってなかったかもしれません。

味労に行ってなかったら加計呂麻島へ行こうと思わなかったかも。

そう思うと今回、島暮らしを体験できたのは全てまもさんとの出会いがあったからだと思ってしまいました。

人との出会で人生は大きく変わり、予想出来ない未来が待っているものですね。

最後に、加計呂麻島・奄美大島で出会った沢山の方々、特に加計呂麻島の薩川集落の皆様、大変お世話になりました。ありがとうございました。

その中でも特にしびらんかの柳沢夫妻には滞在中、本当にお世話になりました。柳沢夫妻のおかげで、僕たちの今回の島暮らしは実現しました。本当にありがとうございました。

これからも我々夫婦は、第二の故郷である加計呂麻島・奄美大島に通いたいと思います!

今後ともどうぞ宜しくお願い致します。


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ABOUTこの記事をかいた人

職業はシステムエンジニア

ニックネームは、「ちょーさん」

2016年8月に約11年間勤めた会社を辞めて、ただいま無職生活満喫中。

新しい働き方と生き方を模索中の海が大好きなエンジニア。

最近の好きな言葉は「決めた未来しか実現しない」と「不安と友達になる」